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攻略対象者1 クラヴァ―ル先輩の暴走

last update publish date: 2026-09-14 19:19:14

あの日以来、クラヴァ―ル先輩の姿をほとんど見かけなくなった。

授業の合間や廊下でも、前みたいに偶然出くわすことがない。

ここ数日、何かに囚われたように研究を続けているらしい――そんな噂を耳にした。

たまに出くわしても、「すまない、あとで」とだけ言って去ってしまう。

(会う頻度が減るのは、私にとってはいいことのはずよ)

そう思いながらも、胸の奥に小さなざわめきが残っていた。

結局私は、また研究棟へ向かっていた。

「先輩、差し入れを……甘いものです」

扉の奥で椅子が引かれる音。

少しして顔を上げた彼の頬は、やつれて見えた。

「フォーン嬢か……? すまない、今は少し――」

「これ、ローザリア様に頂いたんです。

 よかったら、少しは休憩してください」

その名を口にした瞬間、空気がわずかに張りつめた。

ペンが机の上を転がり、静かな音が響く。

「……そうか。クロイツ令嬢が」

低い声。その奥に、わずかな苛立ちが滲む。

「先輩は、学業も魔法も完璧だと評判です。

 それ以上、何を求めていらっしゃるんですか」

思わず余計なことを言ってしまう。

でもーー嫌な予感がしてならない。

複雑だ。

イベントが起きてほしくないのも、先輩が心配なのも、本当。

(分かってる。私が何を言っても、きっと変わらない)

「……完璧、か」

小さく笑った唇が、寂しげに歪む。

その笑みが妙に胸に残った。

翌日の午後。

魔術理論の実技授業。

教室は、炉の熱でいつもよりずっと暑かった。

「……今日、やけに暑くない?」

隣でローザリア様が小声で言う。

「昨日の試験の余熱だろうな」

後ろからクラヴァ―ル先輩の声がした。

(よかった、少し顔色が戻ってる……)

「まったく、これでは集中できませんわね」

「クロイツ令嬢、今は実験中です。冷却魔法は――」

「ふふ、大丈夫、魔力の流れは乱しませんわ」

その瞬間、空気がひと呼吸止まり――すうっと冷えた。

(……いまの、なに?)

外から声が上がる。

『あっつ!? 噴水が温水になってる!? なんで!?』

窓の外では、春の光を受けた噴水が湯気を立てていた。

ローザリア様は扇で口元を隠し、くすりと笑う。

「……いまのは闇か? 熱を吸収して……安全なところで放出した……?

可能だ。だが……闇単体をここまで制御できるものなのか……?」

低い声。

「……ローザリア様、今の……」 

「ふふ。内緒ね?」 

私たちがこそこそとおしゃべりをしているその横で―― クラヴァ―ル先輩の視線が、ローザリア様にに釘づけになっていた。 

「……先輩?」 声をかけても、返事はない。

 ただ、目の奥の紫が少しずつ深く沈んでいく。

 ローザリア様は気づいていないのか、軽やかに微笑んだまま席に戻る。 

その背を見送る彼の横顔には、なにかが崩れ落ちたような色があった。

(……整理しよう)

放課後誰もいない教室で、私は窓の外を見ながら考えに耽っていた。

ゲームのクラヴァ―ル先輩は、魔道具の実験で魔力を暴走させる。

その場に偶然居合わせた私は、巻き込まれて光を奪われ――

彼は我に返り、私を助けようと治癒魔法をかける。

そのイベントで、私は初めて「光を渡す」ことができるようになる。

……それが、このルートの大イベント。

(先輩ほど魔力のコントロールに長けた人は、そうはいないはずよ。彼の魔力が暴走するほどの実験て、いったい、何なの?)

  『今のは闇を使ったのか?』

クラヴァ―ル先輩の声が、頭の中で再生される。

瞬間、ぞくりと背筋が震えた。

(闇……そうか、闇!)

胸の奥で、電流が弾ける。

(そういう事か……!

 暴走したのは“闇”だったんだ!)

闇が制御を失って、光を無理やり引き寄せる。

だから私は――力を奪われる。

「治癒」じゃない理由がわかった。

ただ、光が闇を中和して、先輩の暴走が、止まる。

(……でも……それなら……!!!)

その瞬間、視界の端で研究棟が光った。

(まさか……!! 今日なの!?)

胸の奥で心臓がどくんと鳴る。

私は椅子を蹴るように立ち上がり、走り出した。

(イベント回避とかそんな問題じゃない!

 私の光がなければ……!!)

闇は――すべてを、飲み込む。

魔法の中心にいる、術師本人までも。

……

研究棟の廊下は、すでに異様な気配に包まれていた。

空気が重く、肌の上で魔力の粒子がざらつく。

(こんな……魔力の密度、初めて)

奥の扉がひとりでに震え、淡い紫の光が隙間から漏れていた。

爆ぜる音。

次の瞬間、扉ごと押し飛ばされるように風が吹きつける。

「クラヴァール先輩!!」

声は届かない。

部屋の中央、床に刻まれた魔法陣の上で、彼が膝をついていた。

魔道具が砕け、黒い靄のようなものが彼の身体を覆っている。

(……これが、闇の暴走……!)

彼の周囲の空気がひずみ、光が吸い込まれていく。

風で機器がぶつかり合い、小さな爆発がいくつも起こる。

「フォーン嬢、来るな!!」

「だめです!」

走り寄った瞬間、黒い霧が床を這い、足元から絡みついてきた。

それはただの煙ではなく――生きている。

(これが、闇……!?)

呻くような音とともに、彼の影が膨張し、私の足首を捕らえる。

次の瞬間、冷たいものが肌を這い上がった。

光を吸い取られていく。

胸の奥で、何かが無理やり引き抜かれていく。

(光が……吸われてる!)

胸の奥が焼けるように痛い。

皮膚の下を流れる魔力が、無理やり引き抜かれていく感覚。

(ストレステスターの、痛み、と、違う)

「注射と採血のちがいみた……あっ……っ!」

なんとか冷静を装って言葉にしてみたけれど、

痛みで途中から息が詰まる。

視界が白く染まり、意識が遠のいていくのを、必死に引き止めた。

ドンッ!

目の端で爆発。火花が飛び、棚が倒れる。

(ちょっと……! 火災まで起きるの!?

 魔力暴走以外にも、死亡理由が多すぎじゃない!?)

崩れていく部屋。

暴走に飲み込まれ、苦痛に顔を歪めるクラヴァール先輩。

(わかってたけど……私、このまま光を吸われ続けるしか、できないの……?)

悔しさと、それをはるかに上回る――焼けつくような痛み。

中庭の時と違って、光が奪われているから、どうやら自己治癒もほとんど効いていない。

(あ……意外と、早く気絶、出来ちゃう……かも……)

――闇が、すべてを飲み込もうとしていた。

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